犬島プロジェクトへの道 随時更新

 

起工式が行われた。

 

2007/2/19



犬島コミュニティーハウスにて新年会。

加えて第一期工事に向けて 煙突調査補強工事が始まる 。

 

2007/1/28



第一期工事を施工する大本組と打ち合わせ、および現地建設予定地の下見に行く。

 

2007/1/12


                                                                

犬島プロジェクト現地説明会を犬島コミュニティーハウスで開催。福武氏よりプロジェクトが目指す将来像が語られ、三分一氏より建築プラン、そして柳よりプロジェクトにおけるアートの役割と、柳のやっている仕事の紹介として広島で新たに立ち上げた「旧中工場アートセンター構想」のプレゼンテーションがなされ、続いて島民との活発な意見交換の場が持たれた。島の過疎化と超高齢化が大きなテーマとなる。またプロジェクトの継続的記録を目的にテレビ朝日のカメラが入る。 2007年2月第一期工事着工予定。  

 

2006/12/10



第12回犬島プロジェクト定例会

年内着工が指示され予算も確定する。工期は14ヶ月と想定される。 開発申請の説明のため三分一氏をはじめ建築関係者と岡山市役所に伺う。 12月中に犬島現地説明会を計画。

2006/11/1


第11回犬島プロジェクト定例会

8月の臨時会議を受けて、建設関係者に第一期工事の三分一建築及び柳作品の内容がプレゼンテーションされる。 早ければ年内着工を目指す。いよいよ犬島プロジェクトの第一歩が踏み出された。

2006/9/14


全体構想及び第一期工事について臨時打ち合わせが行われる。

第一期工事として産業遺跡保存サイトに三分一氏による煙突効果を利用した「Energy hall」の建築案が決定する。 Earth hall, Energy hall, Sun canopy, Gallery terrace により構成された空間に柳作品が展開される。パワーステーションサイトは第二期工事の計画となる。

2006/8/7


                                                   

第10回犬島プロジェクト定例会が行われる。第一期としてパワーステーションとコントロールセンターの完成を目指す。  都市計画法、建築基準法の許可を得る。

2005/11/5



直島・本村ラウンジ&アーカイブでの臨時打ち合わせで「柳&三分一コラボレーション、瀬戸内自然エネルギー応用芸術アイランド構 想」を提案する。

2005/8/6



第9回犬島プロジェクト定例会

コラボレーションする建築家として三分一博志が決まる。 行政許認可申請始める。

2005/7/5



直島にて犬島プロジェクト臨時会議

2005/5/15



第8回犬島プロジェクト定例会が島民の方も交え犬島現地で花見会も兼ねて行なわれる。

越後妻有アートトリエンナーレの総合ディレクター北川フラム氏も来島。


桜咲く犬島

2005/4/10



第7回犬島プロジェクト定例会が行なわれ、パワーステーションプランなど検討。

2005/2/4


                                                   

第6回犬島プロジェクト定例会が行なわれ、グランドデザインなど検討。

2004/12/10



11月25日、柳が「直島会議 7」で犬島プロジェクトのプレゼンテーションを行なう。

文化庁主催の「第2回国際文化フォーラム」が関西を中心に行なわれた後、参加メンバーが直島に移動し、「直島会議7」が開催。この直島会議7において、柳がCGをまじえ、犬島プロジェクトのプレゼンテーションを行なった。

 

直島会議_午前の部                          直島会議_午後の部

2004/11/25



-パワーステーション保存・修復工事すすむ-


2004/8



第4回犬島プロジェクト定例会開催。ー三島由紀夫邸の移築に関して池の底の測量データを元にシミュレーションCGを作る。

 

三島由紀夫邸の配置シミュレーション

2004/7/2



倉敷芸術科学大学で公演する。犬島プロジェクトについても話す。

2006/6



第3回犬島プロジェクト定例会開催。-三島由紀夫邸の移築に関してマケットにて三島由紀夫邸内のインスタレーション案を提示する。またパワーステーションプランの再提案をする。

2004/5/13



海上浮遊事務所「シナプス2号」を新たに入手。移動能力・居住性をアップする。移動事務局として玄界灘と瀬戸内海を移動する。


移動事務所シナプス2号

2004/4



第2回犬島プロジェクト定例会開催。ーパワーステーションの再生プランについて新たに提案をする。

2004/3/29



広島市現代美術館にて柳幸典アーティストトーク。犬島プロジェクトについて語る。

 

会場風景 


福武氏、秋元氏、柳と犬島産業遺跡保存工事に関わる「大本組」との4者間で、プロジェクト概要についての第一回、会合が開かれた。

この会合を受けて今後、犬島精錬所跡地内の産業遺跡の調査測量、保存計画や桜の植樹、三島邸の移築などについて進行してゆく。本格的な組織作りが始まり、いよいよ犬島プロジェクトが始動する。


ベネッセコーポレーション本社(岡山市)にて。


犬島町内会の新年会に参加。犬島プロジェクトのCGムービーを犬島町内会の方々に紹介。また岡山市の市議会議員の方々や犬島の対岸にあたる久ヶ井からも来賓が参加。


犬島町内会コミュニティーハウスにて。

2004/1


                                                       

B三共・犬島プロジェクト実行委員会事務所開設。

  

プロジェクトサイトの模型の展示。                  事務所開きの会の様子


事務所開きの会同日ー犬島に桜を植える会ー発足

会 長 石井 昭子 (株)アイスライン取締役
顧 問 福武 れい子 (株)フェイス・コーポレーション代表
事務局長 長野 英征 写真家集団・B三共代表
広島支部 出原 均 広島市現代美術館学芸員

 

B三共事務所にて

2003/10



犬島プロジェクトのホームページ開設。

2003/9



萩原岡山市長、福武ベネッセ社長、直島コンテンポラリー・アート・ミュージアムの キュレーター秋元氏、岡山市文化振興課の方々にCGムービーにて犬島プロジェク トの具体案をプレゼンテーションする。

2003/6



海上浮遊事務所として30フィートのヨット「シナプス」ヤナギスタジオ2号を入手。移動事務局として玄界灘と瀬戸内海を移動する計画。


移動事務所シナプス 


このころ、犬島プロジェクトの具体案のコンピュータグラフィック(CG)ムービー制作を始める。

2003/1

                                                   

犬島プロジェクトの具体化に向けて集中するため、サンフランシスコのスタジオを引き上げる。米国の拠点を一旦閉じる。

2002/6



岡山の事務局も利便性の良い岡山中心地の表町に、喫茶B三共の店主のご好意もあ り、同ビル3階に移すことを計画。


改装前 

2002/4



犬島プロジェクト、パシフィックプロジェクトの利便性から、出身地の福岡県の玄界灘に面した糸島の地に日本の拠点としてのスタジオを建てる。


福岡でのスタジオ開き 

2001/5


-2001年、福武氏により犬島プロジェクトの予定地約三万坪が買入される。-


                                                   

広島市現代美術館にて個展「アキツシマ」開催。


広島市現代美術館での展示 

2000/12



ニューヨークのスタジオを引き払って、太平洋岸のサンフランシスコの元空軍基地の格納庫にアメリカのスタジオを移す。

 

SFスタジオ

2000/8



広島市現代美術館でのプロジェクト、パシフィックシリーズ「アキツシマ」の取材のため、フィリピン、ブスアンガ島に再度ダイビングに行く。


海中遺跡としての沈船

2000/6



萩原誠司岡山市長と初めて面会。犬島プロジェクトの説明をする。

1999/12


三島プロジェクト原案を提案。犬島でのプロジェクトとしての可能性も考える。

1999/10


フィリピン、ブスアンガ島にて取材。第二次大戦時の飛行艇母艦アキツ シマを始めとする数艇の旧日本軍沈船をスキューバ・ダイビング第一回取材。5月 直島・家プロジェクトの一環として三島由紀夫邸(渋谷区大山町、現松涛)利用の提案を受ける。

1999/2


                                                   

島生活を体験するため、埼玉のスタジオを引き払って日本の事務局を犬島に移す。 船舶免許と30フィートの漁船(ヤナギスタジオ1号)を取得。


柳スタジオ犬島                                                                        YS1号

作業場を岡山中心地に近い旭川沿い、桜橋にあるアイスライン製氷工場の3階に構える。船を生活と仕事の足とし、犬島から旭川をのぼって桜橋の作業場に通う。 このころ、ニューヨークのスタジオと犬島を行き来する生活となる。

  

NYスタジオ                                        桜橋作業場

1998/8


                                                   

フジテレビギャラリー(東京)で『パシフィック』を発表。


Pacific K100B

1997/12


                                                   

福武氏の仲介で長野士郎岡山県知事(当時)と面会。精錬所跡地の文化的利用そして犬島プロジェクトについて説明する。秋元氏と元浜貫一(廃棄物処理問題に関係する)岡山県議会議員(当時)と面会。廃棄物処理の詳細について話を聞くと同時に精錬所跡地、採石場跡地の芸術的有用 性について説明する。 岡山市教育委員会に同プロジェクト案を説明する。

以後、土地所有者との交渉を続ける。

1996/4


犬島プロジェクト原案を制作する。ベネッセの福武社長にお見せする。 精錬所跡地の所有者と会う。土地の借用などの可能性を尋ねる。敷地内にある採石場跡の深い池を廃棄物で埋める計画があることを知る。  

1996/1

                                                   

犬島を初めて訪れる。精錬所跡地を一目見て、ライフワークとしてのプロジェクト を発案する。 またこのころ、海を創作の舞台とした、パシフィックシリーズを構想する。

1995/12

                                                   

開館したばかりの直島コンテンポラリー・アート・ミュージアムで個展をする機会を キュレーターの秋元氏よりいただく。この時、日本の原風景としての瀬戸内海−海から見た日本−について考える。このころより機会を得ては、瀬戸内海の島巡りを始める。


直島CAMでの展示

1992/12